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1000 People 1000 Funs!-Episode.001-

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写真:Horigome

Horigome Natsuki

エンゼルケア事業CDC東京

チーフ

PROFILE

高校卒業後、メイクの仕事に興味を持ち、専門学校への進学を検討。特殊メイク作品を見て衝撃を受け、特殊メイクの学科で技術を学び、映画関係の仕事を志す。
映画にCGの流れが入ってきたころ、ケアサービスの社員であったOGから話を聞き、故人様へのメイクという仕事を知る。「この仕事はなくならない」と直感し、業界大手であったケアサービスへ入社。
休日の過ごし方は、動物に癒されること。箱根にある動物にさわれる動物園がお気に入り。

お仕事について教えてください。

 お亡くなりになった方のお化粧、着付け、納棺を行うお仕事です。葬儀場やご自宅、ご依頼のある場所に一人で伺って、遺影とかご自宅に飾られている写真を見て、生前の姿をイメージしながらお化粧をします。
 初めて対面する故人様を、ご遺族の持っているイメージに近づけていくのは大変なんですけど、どんな方だったのか、例えば、女性だったらよく使っていた口紅の色とか、ご遺族にお聞きしながら仕上げていきます。

写真:horigome

入社して仕事を始めた時、どのように技術を身につけましたか?

 最初は、トレーナーさんについて現場をまわりました。マニュアルはあったんですけど、腕の力の強さの違いとかで、同じやり方ができなくて。いろんなトレーナーさんの仕事を見て、いろんなやり方を学んで、その中から自分に合ったやり方を掴んでいった感じです。
 本当にそれでいいのか迷うこともありましたけど、いろんなやり方を見られたことで、いま人に教えるときにとても役に立っています。

入社当時に一番苦労したことは?

 全てですけど、特に運転ですね。長野で合宿免許で取りましたから、東京は全然違って、大変でした。
 一人で現場に出るようになってからは、自分にできる技術と、ご遺族の方に求められることのギャップに悩みました。先輩の方々だったらできるんだろうなというところを、技術がないのでできるといえない。「申し訳ありません。ちょっとそれはできないんです。」というと、ご遺族は「そうよね。」とあきらめていただけるんですけど、先輩だったらほんとはできるのに、私の技術がないからそう言うしかない。その残念な気持ちを後になってすごく思い出すんですよね。
 いつも次の現場の時間が迫ってきて、目の前のことを時間内に終わらせるのに頭がいっぱいになって、その現場を必死に乗り切って。最初の1年くらいは、そんな状況との格闘でした。

つらかったことは?

 ご遺族や、取引先の葬儀社、互助会のご担当者の期待値と、自分の技術でできることの結果にギャップがあって、期待に応えられなかったことです。ご遺族と故人様が対面したときの「なんか違うね」がすごくこたえるんです。一度そうなってしまうと、そこからご遺族が満足する状態に持っていくのがすごく大変で。満足していただけてなくても、ここを何とか終わらせて次に行かなくてはという思いが先に立ってしまって。
 ご遺族の期待に応えるサービスを提供したいというスタンスとのギャップは、なかなか解消されなかったです。今は、自分ができることと、できないことを最初に伝えて、その上で最大限ご遺族の気持ちに寄り添っていくことが、ようやくできるようになりました。

そこから逃げたくなったことは?

 入社してから毎日逃げたいと思っていました。でも次に自分の行く現場は決まっているし、負けたくない気持ちが強かったですね。

写真:horigome

どうやって悩みを解消していたんですか?

 事業所での共有が大きかったです。みんな同じような経験をしているんですよ。うまくいかないことが誰にでもある。そこで、事業所に帰ってきたら、励まし合って何がいけなかったのかをみんなで共有する。そうすると、常に新しいアイデアがその場で生まれてくるんです。何より、話すことによって不安が取り除かれます。
 一人で業務をして、一人で終わって、それを誰も見ていない。「これでいいのかな」「これが正解なのかな」って、その気持ちを事業所に帰ってきて、みんなで「ちょっと聞いてくださいよ~」って共有するんです。何とか乗り越えているのは、自分だけじゃないって安心しますよね。共有して解決していくことで、技術も上がっていくのかなと思います。

当時お手本にしていた人はいましたか?

 神のようなトレーナーの人がいました。絶対に物おじしなくて、なにがあってもさらっとこなしてしまうんです。スタッフに対しても怒ったことがないんですよ。話をよく聞いてくれて、それを覚えててくれて、時々声をかけてくれたり。取引先からの信頼もすごくて、どんな現場でもさらっと終わらせてくる。私の目からみると、いつも自分の思い通りにうまくできている感じでした。
 例えば、ご遺族の家族間がぎくしゃくしていてすごくやりにくい現場も、いつの間にかご家族を巻き込んで場の雰囲気を変えてしまうんですよ。最初はそういうのを見て圧倒されてましたね。
 私は何年たってもその域には達しないと思っていたんですけど、今、ご遺族に満足していただけているというところでは、少し近づけたかなって思います。

その人のようになりたいと思った?

 そうですね。その人に追いつきたい気持ちで、技術の面でも自分から積極的に難しい現場に志願していくように動いていましたね。「場数を踏まないとうまくなれない」って、当時ずっと言われていたので、できるだけいろんな現場に行くようにして、いろんな方のやり方を見て吸収していきました。

そこまでさせる原動力は何だったのでしょうか?

 そのご遺族にとっては一回きりでしかない納棺式で、私じゃなくてほかの人が来た方がよかったって、思われたくない気持ち。負けず嫌いなんですかね。
 安心してもらうことで、仕事もお金もいただいているのに、最後に残念な顔にさせちゃったってなると、ずっと悔んじゃうんですよね。どんなに難しい現場であっても、満足いただけるようにしたいという思いが強かったです。
 でも、それよりも、ご遺族に心から感謝されたときの、疲れとか苦労の全部が吹っ飛ぶ感じのほうが大きいかな。その時のご遺族の表情が忘れられないですね。人間の本当の安心した顔、普通に生活しているとそういうのを見ることがないので、ほんとにこの仕事をしていてよかったって。次も、その次のご遺族にも、そうできるようにしようって思いますね。

写真:horigome

今の仕事の魅力は何ですか?

 努力した分だけ成長すること、そしてその成長が自分でよくわかることですね。それがわからない仕事って結構多いじゃないですか。でも、この仕事は良くわかるんです。
 難しい現場も行けるようになったり、取引先からの信頼感も上がってくる。現場でご遺族の満足度も高くなっているのがわかるので、自信もつきますよね。

仕事で失敗したことはありますか?

 3年くらいたって技術が身について、自分ができることアピールしたくて、やりすぎてしまって反省したことが何回かあります。ご遺族がどう思っているのかが大切なのに、自分が勝手によかれと思ってやってしまって。鼻毛を切って怒られた事が何回かあるんですよ。自分にとって切ることが普通でも、ご遺族にとってはチャームポイントだったりするんですよね。

いま振り返って仕事の転換点になったことは?

 4、5年目くらいで、すごくこだわりの強い取引先の担当者から指名が入った時ですね。それまでそんなことは一度もなくて、全く想定していませんでした。事業所のみんなも「めずらしいねー」という反応でした。現場に行ったら、「前回もその前もよかったから、今回指名するよ」って。
 それと、同じくらいの時期に、それなりに満足いただいていると感じたお客様にも自分からもう一段の提案をして、さらに喜んでいただける現場が増えて、それも大きかったですね。あまり押し売りにならないように、それとなく提案できるようになりました。

写真:horigome

目指す姿を教えてください。

 私が、神と思ったトレーナーさんを目標にしたように、誰かが私のことをちょっとでも目標にしてくれたらいいかな、と思います。目標を持つことで努力したり、モチベーションが上がったりするので、そういう人物に近づけたらなと思います。

最後に、悩んでいる1年目の社員に1つだけアドバイスするとしたら?

 「この仕事は、できるようになったら楽しい」です。それまで、何年かかるかわからないし、人によって時期も違うけど、もしこの仕事を好きになれたら、そこまで頑張ってほしいですね。私自身も、つらいとか逃げたいとかありましたけど、今があるのはこの仕事が好きというのがベースにあったからですね。

-ありがとうございました!

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